お久しぶりの投稿です。

前回のブログ更新をした二日後に人生の大先輩であるYさんが仲間として出会ってくれました

ちょうど、その時に自分の気持ちがモヤモヤしていたのですが
そのモヤモヤをどう言葉に変換していいのか分からず
仲間に相談も出来なくて更にモヤモヤ

そんな中、その大先輩のYさんが私のを見てくれていてて
私と話をしてみたいと言ってくれたそうで
私も是非と仲間に伝えたら、その日に段取りを組んでくれて4人でzoomで話す事が出来ました


その話の中で私がモヤモヤしていた内容をYさんは言葉にしてくれてビックリ

そして厳しくありながらも楽しい時間は終わり、その後すぐ私はYさんに教えてもらったことを意識して自分と向き合いました

以前、私とを一緒に撮ってくれた仲間も自分に言っていた言葉

ホ・オポノポノ
ありがとう
ごめんなさい
許して下さい
愛してます


この魔法の言葉を何度も何度も自分に言ってあげる事

なぜ、そんな事をするのと思われた方へ


今まで自分で自分を守って来たと思っていたら、いつの間にか当たり前と言う環境に身を置いていて自分の感情を押し殺し、蓋をして周りに合わせなきゃいけなかった
そうでしか生きて来れなかった

自己紹介のところでも書いてるんだけど薬の力に頼って本当の自分を隠し、偽り、繊細な感情の一部は意図的に箱に詰め蓋をし
私はその生き方じゃないと、もっと壊れてしまうんじゃないかと思いそんな行動をとって生きてきたんです


だけど一つ一つ思い出していくと周りの環境がどうであれ
良い事も・嫌な事も・一つ一つ決めて行動してきたのは自分自身だった事に気付く

確かに決める余裕すらなかった時も勿論あった

自分が何も出来ないから自分が悪いと思ってしまう。
自分が、こうしたから あの時こうなってしまったとか
自分で自分を責めてしまうあるいは

それらに気付く事が出来たんです

でもね、良い事も嫌な事も何も無い人なんて居ないんじゃないのかなって思うんです。

だって人間には感情って言うのがあるでしょ


それが生きるって事なんじゃないのかなって思う。


だったら、同じ生きるなら
例え親や身内も含め周りの人・他人に自分を理解してもらうんじゃなくて自分で自分を理解して自分に気付いてあげるのが自分にとっての一番のシアワセな事なんだって事を私は気付かせてもらえて本当に良かったって思う今日この頃です


ホ・オポノポノ
ありがとう
ごめんなさい
許して下さい
愛してます


今まで良く頑張って生きていてくれたね有難う
今まで
気付いてあげれなくて ごめんなさい
今まで
苦しめていた事を許してください
私は自分を愛してます


良かったら皆さんもご自分に言ってあげて下さいね


答えは自分の中にあると言う言葉は8ヶ月前から聞いていたのに全然腑に落ちていなかった事に気付く